もちろん小学校から読書感想文などのような宿題で作文を書いていましたが、中学生のころ初めて趣味で文章を書きました。その後、大学で小説の書き方を学び、何の因果か小欄含めほぼ毎日、文章を綴っています。
書き始めは小欄含めなかなか言語化できません。明治時代の政治学社、吉野作造は二時間の筆記試験を受ける時に30分で沈思黙考し一時間で一気に書き上げ、30分で見直していたそうです。しかしそのような芸当はなかなか凡人には真似できません。誰でも書きながら考えて、考えながら書いていくうちにだんだん朧気だった<何か>がだんだんと輪郭を帯びるようになっていくのです。
確か村上春樹も小説を書くとき登場人物の鼠や<僕>と相談しながら書いていると述べていたように記憶しています(『みみずくは黄昏に飛びたつ』新潮社)。
これは認知行動療法にも当てはまりましょう。書いているうちに気持ちが整理されていくのです。
村上春樹は『風の歌を聴け』で「文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎない」と述べています。一方で「正直になろうとすればするほど、正確な言葉は闇の奥深くへと沈みこんでいく」、とも。
したがって最初から結論を出すために言語化しなくても構いません。むしろ、言語化した後で結論が出てくるのですから。
南米には昔、アステカ、マヤ、インカなどの文明が栄えていました。メソアメリカ文明。残念ながらスペイン・ポルトガルの侵略で破壊されてしまいましたが、古代ギリシアやエジプトと比べても遜色ないような天体観測の技術があったと遺跡から窺えます。
インカの縄文字は縄の結び目で情報を伝えていました。平面に刻まれていない以上、「文字」と呼ぶかどうかは議論があるかもしれません。しかし、アステカもマヤの平面に刻まれていたので、立派な文字。メソアメリカ文明で最初の文字が見つかっているのが、メキシコの文明、サポテカ文明。
この時代の遺跡が発見されました。西暦600年頃の墓。そして「建造物がかなり良好な状態で保存されている上に、巨大なフクロウの彫刻なども残されて」いるとのこと。
当時の考えを知る上で重要な手がかり。フクロウはギリシア神話で知恵の女神、アーテナーと結びつけられています。これがローマに入ってミネルヴァとなりました。これを受けてドイツの哲学者、ヘーゲルは『法の哲学』で「ミネルヴァのフクロウは黄昏に飛び立つ」と述べています。歴史は前の時代が終わってから、その真価が解ると皮肉を込めた表現。
時代的な制約もあってか、彼は西洋偏重。きっとサポテカ文明を「未熟」だと見なしていたことでしょう(ヘーゲル『歴史哲学講義(上))』岩波文庫)。しかしその対立もまた反省すべきなのもしれません。
おはようございます。今日のもちもち生パスタは【豚肉のうま塩パスタ】です。
昨日は立春で、暦の上では春になりました。しかし、まだまだ寒い日が続ききます。立春を過ぎたからといって、ウィルスなどの病原体がなくりませんが、咳やくしゃみなど冬の季語。寒さなどから風邪を引くからでしょう。自由律俳句の巨匠、尾崎放哉も「咳をしても一人」と読んでいます。尾崎放哉は結核だったのですが、そのような背景を知らなくても、ある程度の共感が得られるかもしれません。
結核だけでなくとも風邪を引くとメンタルが不調になりがちですが、密接に関係があります。病原菌などに感染すると、攻撃しなければなりません。このときの「号令」がサイトカイン。咳やくしゃみで病原体を体外に出そうとするのです。
一方で、病原体と戦うためには体力を温存しなければなりません。このためでしょうか。意欲の物質、ドーパミンなどが減少してメンタルにも影響があるのです。つまり生存戦略。
メンタルが不調になっても免疫力が低下するので、風邪を引きやすくなります。ストレスがあると、コルチゾールが分泌されるのですが、これにより、免疫細胞が作られなくなるのです。例えば喉の痛みは喉で病原体とウィルスが戦っているからなのですが、眠れなくなったら、体力は回復しません。そこで免疫をあえて抑制して、過剰に攻撃しないようにしているのです。
現代社会では「風邪くらいで休めない」と無理をしがちですが、身体のメカニズムは合理的。卵が先か鶏か先かではありませんが、体調不良は強制休養の合図なのかもしれません。
おはようございます。今日のもちもち生パスタは【色どり野菜のトマトソースパスタ】です。
約25年以上前から探究学習のような授業はありました。総合学習。何を調べたかは覚えていませんが、図書室でパソコンを使っていました。
今は高校の学習指導要領にも明記。この成績を大学入試の判定としています。総合型選抜。
もちろん学問を修めるために大学へ行くのですが、多様化が叫ばれているので、様々な選抜方法があってしかるべきでしょう。
しかし入試に便利だからといって、一方的に連絡したあげく何時間も奪うような事態が発生していると言います。
つまり、医師の論文を読んだ上で質問するなら快く答えてくれる場合もあるのです。そもそも一から十まで他人に教わるよりも悪戦苦闘しながら、質問を言語化しなければ、勉強になりません。このプロセスこそが本当の意味で「勉強」。そして、本当の意味での勉強こそ、知識が身に付き、応用力が得られるのかもしれません。
予定よりも早く仕事が終わった時もあることでしょう。いわゆる隙間時間。データのバックアップなどの他、関数の挙動を調べるなどに宛てています。組み終わってもインターネットの数式を使い回しただけでは「解決」とは言えません。どうしてその関数の組み合わせで動くか、当初の関数ではどうして動作しなかったなどが解ってこそ、ようやく真の解決と呼べるのです。そしてこのような「研究」は多忙の中ではなかなかできません。
もちろんすぐにどうにかなる話ではないのですが、重要なこと。この他にももし可能なら、リフレッシュも一つの手かもしれません。例えばコンサルタントの本山裕輔さんは昼寝や散歩などをするようにしていると言います。
実はNASAによると、「26分間の昼寝を取ったパイロットは、昼寝をしなかった場合と比較して、認知能力が34%、注意力が54%も向上したと報告されています」。
しかし、なかなか職場の環境などから昼寝ができないかもしれません。要するに脳を休めれば「休息」になるので、例えばコーヒーブレイクや紅茶を飲むなどでも方法次第では立派な休息になります。特に紅茶。インスタントコーヒーの価格が高騰し、紅茶に変えたのですが、煮出すのに二、三分程度の時間が必要。そこで気分に応じてマインドフルネスなどやスクワット、ストレッチをすることにしています。
怪我の功名というべきか、災い転じて福となすというべきか、コーヒーの価格高騰が結果的に短くてもリフレッシュの時間を産み出しました。そんなわずかな時間に、意識的に「何もしない時間」を差し込むような心の余白。これこそ仕事を効率的に行なうための、近道なのかもしれません。
いたずらに生き物を殺したくないなど理由からベジタリアンがいます。もちろん信念なので間違っているか正しいかはありません。強いて言えば人それぞれ。
しかし、科学的に見ると、肉を食べる人はベジタリアンよりも100歳まで生きる可能性が高いと判明しました。豆腐などの植物性食品は心臓病や脳卒中、糖尿病、肥満などのリスクを下げます。食物繊維が摂取できるからです。
中国では長寿と食生活の関係を調べるため、1998年に「Chinese Longitudinal Healthy Longevity Survey(中国縦断的健康長寿調査)」を始めました。80歳以上の参加者を分析すると、「肉を食べる高齢者と比較してベジタリアンの高齢者は100歳になる前に死亡する割合が高いことが判明しました」。
平たく言えば肉を食べると、長生きできるかもしれないのです。前提条前を考えなければならない、とイギリスの研究者は、言います。
そもそも植物性食品の話は若年層を中心とした調査。つまり年齢によって必要な栄養素が変わることを考慮していないのです。
そもそも一般的にどの年代でも食事が偏ると、健康に悪影響が出かねません。
もちろんベジタリアンの倫理観は尊重されるべき。しかしその信念とは別に、長生きしたいのなら、栄養のバランスを考えながら食事を摂る必要がありそうです。
プレゼンテーションなどで意見を発表しても伝わらないことがあるかもしれません。また雑談などでも話が噛み合わないと思う人もいることでしょう。
一方的に話してしまう点が一つの原因だと株式会社アイエヌエー NLPiこころのABC研究所 代表の木村孝司さんは言います。例えば、「自分はこう感じる」「自分が言いたいことを言いたいように話す」など。
もちろん、これは文章を書く時でも当てはまります。例えば前提条件を省くと途端に意味が取りにくくなります。「家族で夕食を食べにレストランへ行った。僕はハンバーグを、母はステーキを、弟はネギとろ丼を、姉は親子丼を注文した。父は留守番だった」。この文章は不親切。
父が最後まで読まないと登場しない以上、母子家庭かもしれないと思って読む可能性もあるからです。さらにレストランの情報も不親切。ハンバーグ、ステーキなどのメニューから洋食屋かと思って読んでいくと、丼物を注文していると解り、ファミリーレストランだとそれぞれ何を注文したかを読み終わった時にようやく判明するのです。
この例は書き手が食事の風景を一〇〇パーセント知っているのに対し、読者は一から組み立てている点が原因。前提条件を最初に書けば格段に意味が伝わりやすくなります。例えば、「僕、母、弟、姉の4人で夕食を食べにファミリーレストランへ行ったが、父は留守番をしていた。僕はハンバーグを、母はステーキを、弟はネギとろ丼を、姉は親子丼を注文した」などのように。
ここで、登場人物の順番通りに注文も書いており、これもささやかな配慮。さらにいえばこの記事を通して「オーダー」ではなく「注文」で統一していることやに気が付いたかもしれません。また連体形を一回も使わずに書いています。また接続詞の「が、」は順接、逆説の意味がありますが、逆説の意味でしか使っていません。順説の場合は、「注文も書いており」などの形にしています。そしてこれらも説明的な文章では有効。
話し言葉、書き言葉に限らず、言葉を使う以上、不完全になります。伝わっていないのかもしれないと思ってこそ、「自分が言いたいことを言いたいように話す」ことを避けられるのかもしれません。
おはようございます。今日のパスタは【豚肉のうま塩パスタ】です。
情報量が多いと、重要な情報を見逃してしまいます。例えばメルマガを取りすぎている、あるいは、メモアプリで手軽にクリップできるからといって全てを保存していると肝心の情報が探せなくなってしまうなどのご経験はあるかもしれません
これが個人的な情報ならコラムの導入部にはなりますが、グループの、特に会社内での作業では信頼低下の危険性もありましょう。
例えば議事録や資料をCCで全員に送ると、重要な情報を見逃しかねません。
もちろん、メールチェックの負荷が上がるので、上司も何らかの措置を取らなければなりませんでした。つまり、「小さな心理的リソースの投下で、大きな価値を生み出す」必要があったのです。サイコロジカル・パフォーマンス。
一方で、担当者にもサイコロジカル・パフォーマンスを上げるための方法はあります。もちろん、記事からでは詳細が解りかねるのですが、例えば、メールに「自分、もしくは先方の担当者の名前が含まれている」場合は別のフォルダに分類する、議事録なら3行の要約を冒頭に書くなど。
昨今のAIなら議事録の要約なら簡単にできるので、サイコロジカル・パフォーマンスもあまりかかません。
他人に行動を変えてもらうよりも自分が措置を講じればサイコロジカル・パフォーマンスを消費が少ないといえましょう。
おはようございます。今日のもちもち生パスタは【豚肉のうま塩パスタ】です。
アリストテレスは感覚を五感、つまり目・耳・皮膚・鼻・舌に分類しました。インド哲学ではさらに記憶などの内面が加わりますが、それを問題としなければ、おおよその個数は一致しているといえましょう。
しかし現代科学では五個や六個では足らないと解っています。三十三個。例えば皮膚にも痛み、温度、かゆみ……。舌にも甘・塩・酸・苦・旨。>
このように感覚は単一ではありません。例えば、半熟卵を食べる時は舌触り、味覚、匂い、温かさなどの複数の「感覚」が役に立ちますし、蕎麦を食べるときには匂いはもちろん音も役に立ちます。和食や本格フレンチのレストランだけではなくとも、盛り付け一つで味が変わったような気になります。またBGM一つとっても同様。
ただ「食べている」のではありません。三十三個もの感覚を総動員しながら「食べて」いるのです。
しかし、一つ一つの感覚は解明されても、どのように統合し、記憶しているかはまだまだ謎に包まれたまま。弊店で食事を召し上がるときでなくとも、この人間の謎、記憶の謎に思いを馳せてみるのも一つの贅沢かもしれません。
おはようございます。今日のもちもち生パスタは【明太子パスタ】です。
休憩時間に高校数学を勉強し直して、いまようやく積分で回転体の体積を求めるような問題まで行き着きました。さすがに楕円を回転させるとラグビーボールのような形になると解りますが、右脳よりも左脳が圧倒的に優位だからなのか、なかなかどのような形になるのか解らず、苦戦しています。しかし、数学はパズルのような感覚。AIに画像生成させるなど楽しんで解いています。
もちろんこれは学業から一歩離れているからなのかもしれませんが、子供たちは粘り強く考えなくなっているといいます。
もちろんこのような傾向は以前からありました。「教えてくん」。知らないことを自分で調べようとせず、すぐ誰かに聞いて解決しようとする人の意味。2002年からネットスラングとして登場したようです。
その要因の一つにスマホの影響があるのではないかと西岡壱誠さんは分析しています。定量的に分析しているのではありませんが、確かにYouTubeEでは一定の計算方法に基づいて、興味がありそうな動画を表示しています。フィルターバブル。
さらにはAIの台頭で「答えらしきもの」はすぐに出力されるようになりました。生成したからといって「答え」とは限りません。経験上、他段階の推論など、高度な問題になるほど、AIは間違いを犯しやすくなります。吟味するには幅広い「教養」が必要。
しかし全く興味がないならアンテナにすら引っかかりません。確かに昔はせっかく買ったのだからと漫画雑誌を興味がなくても読んでいました。しかし、今は単体で買えるように。
そこで既存の興味から広げていくのも有効です。例えば名探偵コナンほ今も(!)続いているのですが、江戸川コナンも江戸川乱歩とコナン・ドイルを見て思い付いています。そこからコナン・ドイルのホームズやSF、歴史小説、あるいは江戸川乱歩はさらにアメリカの推理・怪奇作家のエドガー・アラン・ポオに由来しています。このような読書も効果的、かもしれません。
おはようございます。今日のもちもち生パスタは【明太子クリーム】です。
大寒から二日過ぎましたが、各地では大雪の予報。名古屋でも雪が積もるそうです。三好達治は「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。/次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ」と詩で雪の静けさを呼んでいるように、またSF作家のレイ・ブラッドベリも『火星年代記』で火星の雪を物哀しく描いています。科学的に火星に雪が降らないと考えるのは野暮。二つの作品には雪が静寂や悲哀の象徴として描かれています。雪は音を吸収するので静かになり、そこから孤独や悲哀が生まれるのかもしれません。
さらに言えば冬は鬱病になりやすいと知られています。冬季鬱とも呼ばれますが、正式名称は季節性情動障害。 せたがや内科・神経内科クリニック院長の久手堅司さんによると、いらいら、不安などの気分障害は共通しているものの下記の点が違います。
・睡眠時間が長くなって、いくらでも眠れてしまう?→うつ病では不眠を訴える方が多い
・体重増加。食欲が増加して、甘いものや炭水化物を多く摂取してしまい、体重が増加傾向になる→うつ病では、食欲がなくなる場合が多い
・身体がだるく、意欲がわかない→うつ病では、気分の落ち込みのほうが症状が目立つ
日照時間の不足により、バイオリズムが大きく狂ってしまうのです。つまり、日光浴を行えば予防できるのです。目安は1時間程度。可能なら午前中に行なうのが望ましいと言います。
日光浴は日向ぼっことして昔から親しまれてきました。俳句の世界では「日向ぼこ」と書き、冬の季語。高浜虚子も「禅寺の庭に座敷に日向ぼこ」と詠んでいます。暖を取るためかもしれませんが、もしかしたら、古来よりの知恵だったのかもしれません。
ハードボイルド作家、レイモンド・チャンドラーはフィリップ・マーロウに「男は強くなければいけない。そして優しくなければ生きていく資格がない」と語らせました。清水俊二の訳で親しんだのですが、最近は村上春樹も訳しているようです。
しかしこの「強さ」は暴力的な強さではありません。暴力的な強さは時とて「有害な男らしさ」と呼ばれます。しかしこの「有害な男らしさ」とは人によって定義が曖昧。例えば、「すべての男性は有害なのか」と考える際にそもそも有害とはどのような状態なのか、議論が破綻していきます。
そこでオークランド大学の研究チームは異性愛建の男性、下記のように人男性約1万5000人を対象に、「問題になる可能性のある男性性」を評価しました。
・自分にとって「男性であること」がどれだけ重要か
・性的少数者への偏見
・女性に対する敵対的性差別
・女性に対する好意的性差別
・ドメスティックバイオレンス(DV)防止の取り組みへの反対
・自己愛傾向
など。
感情の制御が難しいと女性に敵意を抱きやすいなどの結果に。ただし、男性としてのアイデンティティだけでは、どのタイプに分類できるのか予測できませんでした。
また、そもそも文化的な背景も多く関係しているので、どれだけ普遍性があるか疑問です。
レイモンド・チャンドラーは確かに「男は強くなければいけない」と言いました。しかしこの「強さ」とはタフ、つまり精神的な強さ、打たれ強さに他なりません。どのような困難にあっても、挫けない男性像。他者への配慮。このような人物像こそ男女ともに、人間一般に求められているのかもしれません。
おはようございます。今日のもちもち生パスタはトマト煮込みパスタ】です。
挑戦が大事。よく言いますが、人によっては具体的にどのようなことを行なったら挑戦できるか考えているかもしれません。一昔前「やる気スイッチ」という言葉が流行しましたが、線条体にあります。ここの側坐核が刺激されると、ドーパミンが放出。意欲が出るのです。側坐核を刺激するには、末梢神経を動かさなければなりません。
中には「やる気スイッチ」が見つからないと嘆く人もいることでしょう。しかし、このような視点を踏まえると、見つからないのではなく、ただ単にどう入れるか知らないだけに過ぎないのかもしれません。
さらに現状維持バイアスも「やる気スイッチ」がオンになりにくくなります。失敗して恥を掻くよりは現状維持を人間の脳は選びがち。
つまり、「現状維持バイアス」を外せば挑戦できるようになります。大人になると、色々、予測してしまうので、どうしても恐怖心などが沸き起こるのですが、五歳時にはこの機能がありません。
つまり五歳児の気持ちで森羅万象と向き合うと、現状維持バイアスが薄らぐのです。このためには遊びが重要。しかし五歳児との大きな違いはすべて理性の力で計算して、それでも挑戦を選んでいる点にあるといえるのかもしれません。
おはようございます。今日のもちもち生パスタは【鶏の和風ソース】です。
本を多く読むと、成績が向上する──そう思っているのではないでしょうか。これは半分正解で、半分不正解。成績は読書時間に比例しているのではなく、国語も数学も「10分以上、30分より少ない」をピークに、そこから先は読書時間が長くなればなるほど、学力が落ちているのです。これは成人でも同じ結果となりました。
またメンタルヘルスの観点で見ても、週12時間以上を境にストレスが溜まっていることが解ります。週約1時間半から2時間程度。
しかしあくまでも統計的なデータ。しかも学力が問題となるのはせいぜい大学生まで。80歳まで生きるとして約4分の1でしかありません。
また、読書冊数と年収には相関関係があります。「全体傾向は変わらず、年収が高い人ほど読書をしている」のです。しかしあくまでも相関関係にすぎません。
いずれの調査でも何の本をどのように読んでいるかの視点が欠けています。そもそも、高収入や好成績が「善」として考えているような気もします。この他にも健康、若さなど。果たして夜会の前提が本当に「善」なのかなどと疑うのも読書の意義なのかもしれません。
常用外ですが「革める」と書いて「あらためる」とも読みます。この他にも改革や革命など、変更に「革」の字が使われています。この理由は、動物の皮を剥いで、「革」に変えるから。現に 易姓革命と呼び、天命により、王朝が交代すると考えられていました。孟子は暴虐な王なら革命を起こしても構わないと説いています(『孟子』)。このように命がけで革命を起こしていましたが、この実態ははフランス革命でも同じだといえましょう。
しかし語源に限って言えば、revolutionと革命は全く違います。「革命」は「変更」「一新」などが原義でしたが、英語のrevolutionは回転が原義。例えば、海外の小説などを読んでいると回転式の拳銃が出てきます。最近の訳だとリボルバーとカタカナで表記されているかもしれません。このリボルバーの綴りはrevolver。ここにも「回転」が関係しており、revolutionとの共通点が伺えましょう。これはフランス語でも同じです。
つまり、ヨーロッパの諸語では「一新」ではなく、「回転」の意味。例えば名誉革命では王政が復活しましたが、これも回転の一種。込くは天体の回転を示すように天文学用語として使っていました。
東洋の『革命』は獣から皮を剥ぎ取り新しく生まれ変わらせるようなイメージ。一方、西洋の「revolution」は天体が巡るように時代が一周するようなイメージ。
同じ『大きな変化』を指していますが、その宇宙観はこれほどまでに異なっているのです。
早いものでもう一月も二週目に突入。昇進などの内定や内々定が出ている人もいらっしゃるかもしれません。昨今、罰ゲームなどと呼ばれています。確かに望まないかもしれませんが、出世は基本的に喜ばしいもの。
しかし昇進八ヶ月でうつ病になってしまった人もいます。それぞれの部下に寄り添いたいと思って、親身になってプライベートの相談にまで乗っていました。ところが、というべきか案の定、ともいうべきか、この結果、うつ病となってしまったのです。
今の管理職は昔の管理職より遥かに気を遣わなければなりません。もちろん権力を笠にきての横暴は論外ですが、些細なことでパワハラなどと呼ばれるようになりました。
さらには昨今、「ゆるブラック」などの言葉も登場。残業やパワハラこそ少ないものの、成長などが見込めない企業を指しています。
このような二律背反の要素も追い詰めていたのかもしれません。つまり、負荷を与えすぎると「パワハラ」、逆に負荷が不足しすぎると「ゆるブラック」になってしまうのです。
鬱病から復帰すると、四つのルールを自らに課すようになりました。
①部下からの相談は時間を決めて対応する
②1on1ミーティングは30分で終わらせる
③しんどいときは、部下の前でも弱音を吐く
④有給休暇を積極的に取得する
もちろん、会社によって、人によって千差万別。。しかし自分なりの線引きを作ると「罰ゲーム」のような印象は少なくなるのかもしれません。
おはようございます。今日のもちもち生パスタは【豚肉のうま塩パスタ】です。
ラーメンズのコントに「日本語学校アフリカ編」があります。「大東文化大学」「二酸化マンガン」「新橋」「おでん」「うどん」など濁音の日本語を利用したコント。このような作風は「名は体を表す」の他にも見られ、枚挙に暇がありません。もちろん口調にもよるのでしょうが、濁音や半濁音の印象は言語にかかわらず、共通しているようです。音象徴。
この他にも作家のヴァージニア・ウルフは海の波を描写するときに「s」の音を多用しました。
二〇〇一年にラマチャンドランは口の動きが関係しているのではないかと考えました。
もちろんあくまでも傾向。厳格なルールはありません。ラーメンズは不条理の世界観。つまり通常の理屈は通りません。例えば大東文化大学、二酸化マンガン、新橋、おでんなどは言葉の意味を無視しています。しかし濁音や「s」などのようにここにもまた新たな法則性を見出しているといえましょう。例えば濁音は力強いなどのように。そしてこのように法則性の中から普遍性が見つかるのかもしれません。
おはようございます。今日のもちもち生パスタは【明太子パスタ】です。
エスニックジョークの登場人物に代表されるようにドイツ人は勤勉などの特徴があります。もちろん、ドイツ人と言っても人それぞれなのでしょうが、哲学者のカントや数学者のライプニッツなどもドイツ人で精密な体系を作り上げました。ある程度、的を射ているのかもしれません。
このような勤勉さは日本人にもある程度、当てはまります。しかし、有給休暇の取得率は100%。
日本の取得率が63%と過去最高を記録したとはいえ、まだまだ大きな開きがあることは否めません。もちろん有給休暇の取得率だけが原因ではありませんが、過労死の要因となっています。
そしていたずらに長時間の労働は業務が進んでいるように見えるかもしれません。しかし、脳疲労により、注意力散漫に。そのミスを補うために休まない機合よりもかえって時間がかかってしまうこともあります。
真の効率的な労働とは休むときは休んで働くときは働くなどのように切り替えることかもしれません。現に有給休暇の取得率は100%なのに、平均年収が日本の1.7倍。もちろん物価が浦う、そもそも分布によっては単純に平均で考えてもあまり意味がないなどの問題もありましょう。しかし、これは一つの大きな指標。そしてこの違いの一つが有給休暇の取得率として現れているのかもしれません。
おはようございます。今日のパスタは【明太子パスタ】です。
人間に限らず生物は細胞分裂を繰り返しています。単細胞生物なら種そのものの増殖に、人間などの多細胞生物なら生命の維持に関わっています。これが新陳代謝。古い細胞はフケとして身体の表面に排出されます。
もちろん、どのくらいの間隔で入れ替わるかは部位によって、あるいは年齢によってまちまち。例えば肌付を比較すると、10歳代で約 20日周期、20歳代で約 28日周期、30歳代で約 40日周期、40歳代で約 55日周期、50歳代で約 75日周期、60歳代で約100日周期で全て入れ替わります。
同じ程度の怪我でも、年齢を経るにしたがって完治に時間がかかるのは経験があるかもしれません。新陳代謝の間隔が原因。
しかし、この新陳代謝がある日、突然、異常に短くなることがあります。尋常性乾癬。したがって「かんせん」とは言うものの、細菌性ではないので「感染」しません。
x
この尋常性乾癬の体験談を描いた漫画が、SNSで話題になっています。「袖を通すときに皮膚が引っかかるので、綿の防寒インナー一択に」と述べています。
もちろん「治る」の定義にもよりますが、塗り薬などの使用で症状を抑えられます。何かありましたら皮膚科をご受診くださいませ。
昨年の流行語にノミネートされた「チャッピー」ことChatGPT。チャッピーの愛称は身近に感じられます。現に単なる調べ物だけではなく、相談相手になるなどのように、情緒的なコミュニケーションにも使っている人も。
受け応えだけを見ると、人間と同じように考えているような印象を受けるかもしれません。しかし、多くの研究者はAIと人間の脳ではメカニズムが全く違うと考えています。そもそもAIは語順などを統計的に処理しているにすぎませんが、人間にとって言葉とはまず具体的な五感と密接に結びついています。例えば、犬なら毛並みの手触り、体臭などのように。
一方、AIはそもそも五感は極めて限定的で、写真と音声しか(現段階では)処理できません。また、何が映っているかではなく、どの座標に何色のデータがあるかしか基本的に理解できないのです。また音声は物理学的にいえば波形に過ぎず、これを読み込んでいるだけ。つまり、暗いニュースを読み上げるときのアナウンサーの声も小易の囀りもAIにとっては波形データの集合体という点では同じ。このような一連のデータを繋いでいるだけです。このようなデータ同士のネットワークが大規模言語モデル。
しかし、人間にもAIのようにデータを繋いでいるのではないかと、エヴェリナ・フェドロンコ氏は指摘しています。「人間の脳には言語処理を担当する選択的な領域が存在する」として、フェドロンコ氏はこれを「言語ネットワーク」と呼びました。これが大規模言語モデルに当たり、前頭皮質の3箇所にあると確認されたのです。
ともあれ、AIはまだ発展途上ですし、脳もまだ不明点だらけ。AIの推論モデルと人間を比較することで、脳の研究が進むと期待しています。
人間、誰しも得手不得手はあるもの。例えば国語が得意な人もいれば、算数が得意な人もいらっしゃることでしょう。しかしその得手不得手が極端な場合は学習障害と呼ばれます。「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」のいずれかに問題が生じています。
これは脳の特性上、仕方がないこと。通常の勉強法では身に付きかないのです。努力の問題ではありません。
算数は単なる計算術だけに留りません。日本の学校教育では証明が疎かになりがちですが、西洋では古代ギリシア以来、幾何学を通じて推論能力を高めようとしてきました。
このように算数や数学は推論能力、論理的な思考能力と密接に関わっているので、実生活でも困難が伴います。
卵が先か鶏が先かではありませんが、苦手意識もまた算数の学習を困難にさせます。どうせできないからと思ってしまい、他の教科まで学習意欲が削がれかねません。
しかし、学校で困っていても社会に出れば、案外、何とでもなります。計算が苦手なら電卓を使えば「克服」できます。漢字が苦手でもパソコンを使えば変換してくれます。同音異義語を間違えても相手が勝手に解釈してくれます。
このような「克服法」を考えることこそ、真の知性なのかもしれません。
皆様、新年明けましておめでとうございます。今日のもちもち生パスタは【トマト煮込みパスタ】です。
今年は午年。ギリシャ神話にはケンタウロスが登場し、RPGなどでご存じの人もいるかもしれません。もちろん現実的には騎馬民族を誇張して描いたのでしょうが、神話では半人半獣として伝えられています。彼らの一人、ケイロンは医学に長け、医神のアスクレーピオスをはじめ、アキレウスなど数々の英雄を教育したとか。
ギリシャ神話にはケンタウロス以外にもペガサスが登場。ゼウスのもとで雷を運ぶように命じられていると伝えられています。
神との関わりは北欧神話にも。主神オーディンは八本足の名馬スプレイニルに乗っていると言われています。
またイギリスの先住民、ケルトも馬を神の使いとして崇めていました。アイルランド人の作家、ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』も馬が賢く描かれています。フウイヌム。高度な知性を持っていますが、あながち神話上、物語だからとは言い切れません。
事実、フウイヌムほどではないにせよ、鏡に映っても自分だと解るなど、馬は非常に賢いのです。
実はほとんどの動物は鏡に映っても自分だと解りません。
神話の世界で英雄たちを導いた馬。現代でも雷光のように科学の中で驚かせてくれます。今年はペガサスのように科学的な進歩があると願っています。
なお、テイクアウトは承っております。お気軽にお立ち寄りいただければ幸いです。
誠に勝手ながらAbbeyバーガーは販売終了となりました。代わりにタピオカを販売いたします。また、期間限定で、いちごミルクも販売いたしますが、こちらはタピオカが入っておりません
テイクアウトのほか、店内でお召し上がりになることもできます。
タピオカ(700円)
・黒糖ミルク
・抹茶ミルク
・ミルクティー
いちごミルク(850円)
九種の惣菜弁当は販売休止とさせていただいております。長らくご愛顧賜り誠にありがとうございました。
チーズ味噌カツ丼、500円(税込み)
2月は寒さが和らぎますが、ご自愛ください。さて、2月のお弁当は、
寒い日が続きますが、栄養満点のお弁当で乗り切っていただければ幸いです。
※イートインは4日から、宅配弁当は5日からとなります
なお、お弁当はお早めにお召し上がりください。
AbbeyがYoutubeで取り上げられました。
Dippsは協賛企画として、知的・精神障害者制作のアニメーションをYoutubeにて公開しております。
※スクロールすれば過去の作品をご覧いただけます。